アングル5:健康タイプのケーススタディ

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鈴木知円子さんは関西の女子高校を卒業した後、バス会社に就職し、バスガイドになりました。

15歳の頃、お父さんが事業に失敗したため、一家の生計を助けたいと思い、高卒女子として最もお給料の高かったバスガイドを選んだのです。彼女は当時導入された最新式の2階建バスに乗車し、熱心に仕事に取り組みました。しかし、背の高い彼女は二階での様々な作業で腰をかがめる必要が多く、バスの振動も加わったため、3年半後に、職業病ともいえる椎間板ヘルニアになってしまったのです。

休職し、療養を1年続け、なんとか手術の必要を免れましたが、元の仕事への復帰は断念せざるを得ませんでした。

その後、大阪にあるアメリカ村の古着ショップで1年ほど店長として勤務していましたが、彼女の力を知るバスガイド時代の同僚にすすめられ、自分の体調に合わせて働くことのできるフリーランスのバスガイドをすることになったのです。サービス精神にあふれた彼女は、バスガイドとして最高ランクに位置づけられ、一般的OLの数倍の報酬を手にするようになったのです。

28歳になったそんな頃、シアトルにいる親戚を訪ねるため、ニューヨーク観光を含めた2週間のアメリカ旅行をしました。この時目にしたアメリカは、彼女に強烈な印象を与えました。

様々な人種・階層を大きく包みこんだアメリカンドリームの国。「この先バスガイドを続けても先が見えている」。20代は家族のために懸命に働き続けたので、30代は自分の人生づくりに挑戦したいと思ったのです。

ちょうどその頃、ニューヨーク在住の日本人男性と結婚した元同僚から、「旅行会社を始めたので、ぜひ手伝ってほしい。ESL(英語学校)の授業料を出すから。プロのガイド経験者は、ニューヨークで貴重な存在になれるはず」という話が舞い込んだのです。

彼女は家族を説得し、29歳でニューヨークにやってきました。友人の旅行会社を手伝いながら英語を学び始めて半年たった頃、永住権が与えられる宝くじ抽選に応募したところ幸運にも当選し、彼女は永住権を獲
得することができました。永住権があればアメリカで堂々と仕事をすることができます。

そこで本格的に仕事を探し、彼女はバイリンガルのセールスパーソンを求人していた高級バッグの有名ブランドMCMに採用されました。入社後の彼女の活躍は目覚ましく、着任して1ヵ月目からすべての先輩を抜いて、売り上げナンバーワンになったのです。お客さんは日本人が10%ほどで、残りの90%がアメリカ人だったにもかかわらず。まだ英語力も十分とはいえない段階で、なぜ彼女はそこまでできたのでしょうか?

通算11年のバスガイド経験は、彼女をサービス業のプロフェッショナルに育てていたのです。バス1台の多くのお客さんを相手に気配りをしていた経験が活きてきたのです。しかしここで彼女は思わぬ壁にぶつかりました。それまで売り上げナンバーワンだったアメリカ人女性のイジメが始まったのです。知円子さんは頑張り屋でしたが、言葉の壁もあり、心理的な負担が大きくなりました。

またバッグ類だけを販売するという仕事に物足りなさも感じ始めていました。そうした頃に、MCMと同じ頃に応募していた、ニューヨーク展開している日本の有名百貨店から、「採用できる社内条件が整ったのでぜひ入社してほしい」という誘いがかかりました。

結局、彼女は4ヵ月でMCMを辞めてこの百貨店に入り、おみやげを求める日本人旅行者を主な顧客とするツアービジネス部門で活躍することになりました。

彼女は、ニューヨークを旅する有名人には臆せず声をかけ、ホテルにわかりやすい日本語のニューヨークの地図を届けたりしました。また、ガイド時代の人脈を活かして、いち早く団体客をキャッチし、お店に来てもらったお客さまには、ベストを尽して買い物の応援をしたのです。彼女のセールススタイルは「売り込み」ではなく、気配りを尽した「応援」なのです。現在の彼女は34歳。現地採用のマネージャーである彼女の活躍により、部門の売り上げは急成長中です。

鈴木知円子さんは健康上の理由で職場や働き方を変えながらも、どんどん自分を磨き、変化させてきた人といえるでしょう。自分の身体と心を健康に保つことは自分を活かしていく上でとても大切なことです。自分にピッタリの仕事は、自分の健康を良好に保つことのできる職場だということもできるでしょう。