アングル7:体験タイプのケーススタディ(1)

jyosei-tensyoku

白石ルーシーさんは、日本人サラリーマンの夫を持つ金髪で青い目の一児の母です。

彼女はダイナミックな体験によって着実に自分の能力を拡大中です。

彼女はアメリカのノースカロライナ州に生まれ、牧師であったお父さんの赴任先のハワイ州で育ちました。

小さい頃からバレエを習い、踊ることが大好きで、アーティストになることを夢見ていた少女だったそうです。

ハイスクール時代には文章を書くことが好きになり、ジャーナリストになりたいと考えるようになりました。

そのためには国際的な広い視野を持つべきだと考え、ボストンのタフツ大学国際関係学科に学びました。

その大学では三年生になると全員が国外で言葉を学ぶことが定められていました。

彼女は、ハワイ時代によく耳にしていた日本語をマスターしたいと思い、名古屋の南山大学に留学して一年間日本語を学びました。

彼女はその後ボストンに戻り、大学四年生になり就職活動を始めました。その時、日本企業のリクルーターに会い、入社テストに挑戦したところ合格したので、一年間まず年俸制で働いてみることにしました。

その企業に入ってみると、自分が思っていた日本企業のイメージとは違っていました。

彼女は日本人はシャイなので、いいたいこともいえない社内風土だろうと思っていたのです。

しかし彼女の入社した会社は、平均年齢も若く、成長途上にある企業で、職場のみんなが協力しあって働く雰囲気があり、この会社は自分に合っていると判断したのです。

そして二年目からは正社員として本格的に働くことにしました。

正社員となった彼女は三年間、企業のイベント企画の事務局OLとして仕事をしました。

この間彼女は、小さい噴から身に付けたダンスの力を活かし、社内のフットボールチームのチアリーダーも務めるなど大活躍をしたのです。

こうした彼女に日本人の恋人ができました。ハワイの両親も彼の人柄に憶れ込み、二人の結婚に大賛成してくれたのです。

彼女の日本語はOL生活をするうちに、周囲の日本人も驚くほどに上達しました。

結婚して約一年たち、自分の身に付けた日本語の力をもっと世の中のために活かしたいと思うようになりました。

そこで四年間のOL生活に別れを告げ、彼女は国際エイズ学会の事務局に転職したのです。

その聞に妊娠しましたが、エイズ学会開催直前までマタニティドレスで精一杯仕事に尽力しました。

(続く)

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