アングル7:体験タイプの結婚アドバイスと仕事例

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「体験派」のあなたの場合、結婚するならば、

1.あなたと「同じ志向を持っている人」か

2.あなたの「やりたいことを応援しようと考えてくれる人」

の二種類のタイプの人が望ましいでしょう。いわゆる「オレについてこい」タイプの古い男女観を持っている男性では、なかなか難しいと思います。

「体験派」の女性は、好奇心あふれるビビッドな感性と勇気を持つエネルギッシュな人が多いと思います。こうした女性が1の同じ志向を持つ男性と結婚した場合、とてもドラマチックなおもしろい人生になることでしょう。

夫婦でU・Iターンして働くケースや、海外移住して働くケース、二人で会社をつくるケースなどが考えられます。会社をつくろうとする場合などは、二人で目標を決め、会社をつくるための知識や能力を身に付けようとそれぞれが分担していくつかの仕事を事前に経験するという方法もとれます。

2のタイプの、あなたのやりたいことを応援しようと考えてくれるありがたい男性ならば、その男性には、安定的な仕事でコンスタントな収入を得られる仕事に就いてもらい、あなたは経済的な心配をそれほどすることなく、やりたい仕事をするというのが理想です。

しかしこの場合は、常に男性に感謝することを忘れないこと。そして自分が何のために、何に魅力を感じて今この仕事に取り組んでいるのかを、しっかり話し、了解してもらうことが必要です。

そして協力的第三者としての客観的なアドバイスをもらえる関係をつくっておくことが、あなたの仕事上の大きなプラスになるはずです。

ドラマチックな人生になりがちな「体験派」の女性の場合、精神的な安定をつくり出してくれる夫を持つことができれば最高です。

1や2のタイプではなく、好きで結婚してしばらくすると、もっと自由な考え方を持っていると思っていた夫が案外保守的なタイプであった、ということがめずらしくありません。

こういう時は、家庭の平和を乱さない程度の時間帯を選んで働くことが必要です。現在は、パートや派遣でも、かなりいろいろなおもしろい仕事に就くことができますので、こうした短時間のおもしろい仕事をいろいろ体験して、自分に力をつけていくというのも一つの方法です。

様々な能力が身に付いてくれば、夫の見方も変わってきて、期待してくれるようになるものです。

<このアングルにはこんな仕事も>

・マスコミ関係の仕事
・タレントプロダクションの仕事
・海外勤務/出張のある仕事
・スポーツーレジャー施設の仕事
・一次産業の仕事
・警備員
・エキストラ
・職人

※その他U・Iターンなどにより、労働スタイルと生活が大きく変化する仕事など

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アングル7:体験タイプの仕事選びアドバイス

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まず、何を目的に体験的仕事をするのかを明確にしましょう。

単なる好奇心だけでは、仕事は身に付かないものです。また、ある程度の期間続けないと、体験が自分のものにはなりません。

どんな仕事でも、やる限りは本気で、雇用する側が仕事のコツやノウハウを教えてあげようという気になる働き方をする必要があります。

どんな仕事でも導入時は、教える労力がかかるもので、雇う側にとっては先行投資の時期が必ずあるものです。

専門・技術的な仕事であれば最低一年、ある程度の経験者としての力を身に付けるなら、3年は同じところで修業することが必要です。

例えば輸入雑貨のお店を持ちたいと思えば、語学も磨ける貿易事務の仕事や流通業のバイヤーをする、同種のお店で販売を体験する、輸入したいと考える国に関係した職場で働くなど、いくつかの仕事体験を持つと夢が近づいてきます。

また体験そのものを仕事のネタにするケースもあります。ノンフィクションライターが老人問題をテーマとした本を書きたいと思い、ケースワーカーになったり、高齢者を対象とする福祉施設で働いたりというケースがあります。

一方、最初から目的をはっきり決められないという場合もあると思いますので、その場合は、興味ある分野の仕事を体験しながら、自分に合うかどうかを確認しつつ、将来の方向をはっきりさせていくという方法をとりましょう。

興味ある分野の仕事を体験する中で力をつけてくると、いろんなアドバイスを得たり、良い話が持ち込まれてくるものです。

そうした中で、自分らしい仕事の世界を確立していっていただきたいと思います。

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アングル7:体験

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人間には、頭で考えてはいても、実際にやってみなければわからないということがたくさんあります。

自ら行動し、実際に体験したことは、なかなか忘れないし、「人間」の心の深いところまでよくわかります。

座学と実学という言葉があるように、何かを知ったり、身に付けようとしたら実際の体験に勝るものはありません。

特に技能・技術を伸ばす上で豊かな体験は不可欠です。

体験は、人の心と能力を、どんどん拡大し、人を成長させていくのです。

現在は、自分の興味を持った仕事に機会を得ることができれば、どんどん挑戦し、体験することのできる時代です。

江戸時代の農家に生まれていれば、武士という職業に就くことはできなかったのです。

生まれによる身分差のない自由平等な時代に生まれ、職業選択の自由が保障されている時代のメリットを存分に活かした生き方が「体験」を重視した働き方といえるでしょう。

一つの仕事をやっているうちに、自分に合わないことに気付き、「もう一度やり直したい!」と思ったら「転職」という道が開かれているのです。

過去、転職は「辛抱がない人」といういわれ方をしたり暗いイメージがつきまとったものですが、70年代からの転職情報の充実に伴い、転職のデメリットはどんどんなくなってきています。

むしろ、仕事で成功している女性は、転職・転社した人が多いくらいです。

アメリカやヨーロッパなど、海外の多くの国では、転職・転社によるキャリアアップが普通です。

一つの仕事で何かを身に付けた後、もっと違う能力や視野を身に付けたいと思ったり、身に付けた能力をさらに大きなステージで試したいと思えば、転職が手っ取り早いのです。

人生は有限で、吸収する能力の高い20代・30代は決して長くはありません。

臆病にならず、新しい体験によって上手に自分を育てていくキャリアデザインが必要な時代です。

もう一つ、「体験」を重視するアングルに欠かせないのは、人間の「好奇心」と「変身願望」です。

活き活きとしたおもしろい人生を歩む上で、好奇心の満足は、欠かせません。好奇心は人間を、興味津々の状態に感度アップし、能動的にするのです。

すぐれた小説家や俳優に、様々な職業を転々とした人が少なくありません。

様々な立場で仕事をすることによって、人に対する考え方や、世の中の見方が変わることを体験し、それが作品や演技に活かされていることが少なくありません。

体験を単なる仕事のつまみ食いといった好奇心の満足に終わらせることなく、うまく活かしている人は多いのです。

様々な体験によって、自分に何が向いているのかを確認し、体で覚えたことに自信をもち、次の人生に活かしていっていただきたいと思います。

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アングル6:憧れタイプのケーススタディ(2)

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黒田恵子さんは一からシャンソンのレッスンを受けて、一年後にやっと、ヴォーカルグループの一員として活動を始めたのです。

舞台のショーやテレビ等に出演するようになり五年ほどたった頃、彼女はプロデューサーをしていた現在のご主人と巡り会い結婚をしました。

結婚後もしばらく仕事を続けましたが、出産のため仕事を中断することにしました。

彼女は子供が大好きだったので子育てに専念することにしたのです。

子宝に恵まれ、一男三女の母となり母親業が忙しくなりました。

しかし彼女は、舞台で自己表現をするという夢を、大切に温め続けていたのです。

下の子供が幼稚園に入った頃、地元の友人から「都立国際高校の演劇の授業を担当する講師になってもらえないか?」という依頼がきたのです。

歌も踊りも演技も演出もマスターしている彼女は、演劇の授業担当講師としてうってつけだったのです。

現在彼女は母親業のかたわら、高校生たちに演技やパントマイムなどの身体表現・発声法などを教えています。

彼女は生徒たち一人一人の個性を開発することに喜びを感じています。

そして若い世代の感覚に触れることによって新たな発見を続けています。

彼女の授業は、新しい時代の個性を育てる教育として新聞・テレビの番組等で紹介されました。

また彼女は、地域の若い女性とともにヴォーカルグループをつくり、ボランティアでコンサート活動も行うようになりました。

そして、常に夢を失わず、いろいろなことに挑戦する彼女の姿は演劇関係者に知られ始め、実験的な演劇活動をする脚本家から活動への参加を呼び掛けられ、ギリシャ仮面劇の主役を依頼されたのです。

彼女は現在ギリシャの演劇研究家との交流の場にも参加するなど、多方面で活躍しています。

彼女は四人の子供の母として、また義母と同居する嫁として、さらにはご主人の会社も手伝うというフル回転の毎日です。

結婚・出産という節目を乗り越えながら自分の夢を大切に守り続け、常に前向きに挑戦していることが、彼女にいろんな機会をもたらしているといえます。

今後の彼女の夢は、シナリオを書き、作曲をし、演出をし、これから伸びていこうとする若い人々に感動を与える舞台をつくり出すこと。

四人の子供たちもご主人とともに、明るく挑戦するお母さんを応援しています。

一生懸命本気で打ち込む姿が、周囲を味方につけていくのです。これからも彼女の飽くことなき挑戦は続いていくことでしょう。

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アングル6:憧れタイプのケーススタディ(1)

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黒田恵子さんは小さな頃から日本舞踊を習い、将来は舞台に立つことを夢見て育ちました。

宝塚音楽学校をめざして声楽も学び、15歳になった頃、高倍率の入学試験に挑戦し、見事合格。

華のヅカガールヘの道を踏み出したのです。

彼女は17歳で琴吹流最年少の師範となるほどの日舞の実力をつけていましたが、洋舞の経験は、あまりあるほうではありませんでした。

しかし音楽学校に入り学ぶうちに、身体で表現する日舞の経験が生かされて、洋舞もどんどんマスターしていきました。こうして彼女は二年間の音楽学校生活で、歌や演技、踊りを含めた総合的な舞台人としての実力を身につけ、宝塚「雪組」の一員として舞台に立つようになりました。

彼女はヅカガールとしては、身長が低いほうでしたから、役柄としては少年役が多かったそうです。日舞の男舞いを得意としていましたから、男役が好きでした。しかし一年たった頃、壁を感じて考え込むようになりました。

将来のことを考えると、身長の高い男役に光が当たりがちな宝塚の中で活動していくよりも、外でより幅広く自分を活かす道があるように思い始めたのです。ちょうどその頃、足に故障が起こり、自由に踊ることが難しくなったのです。

そんな時、宝塚出身の歌手が成功する例があったため、ヅカガールヘの各プロダクションからのスカウトが盛んになり、彼女に音楽関係の仕事をしないかという誘いがかかりました。彼女はいろいろ考えた末、宝塚を退団しプロダクションと仕事を始めましたが、話がコロコロと変わり振り回されるばかりでした。

そこで原点に戻り、一からシャンソンのレッスンを受けて、一年後にやっと、ヴォーカルグループの一員として活動を始めたのです。

(続く)